前回は、デジタル制限をやめた後の次男ネコジローの様子や、長男ワンタローへのケアについて書きました。
今回は、親である私たち夫婦が、自分たちの心とどう向き合ってきたのかについて書こうと思います。
不登校が始まって、心も時間も余裕がなくなった
不登校が始まってからの数ヶ月間、私たちはまともに仕事に集中できず、
ただただ「どうすればいいのか」と頭を悩ませ続けていました。
夫と一緒に情報を集め、本を読み、動画を見て、あれこれと試してみる日々。
目の前のネコジローに必死に向き合うことで精一杯で、
自分たちの心のケアなど考える余裕すらありませんでした。
初めての“自分のための時間”と、そこに混じる罪悪感
そんな日々の中、10月初めにふと「一人カラオケに行ってみようか」という話になり、
それぞれ別々にフリータイムで朝から夕方まで、思い切って出かけてみることにしました。
久しぶりの自分時間。
声を出すことで気持ちが少しスッとした気もしましたが、
ネコジローのことがどうしても頭をよぎります。
「今、家でどんなふうに過ごしているだろう…」と考え出すと、心から楽しめない。
さらに、「こんなふうに自分だけ楽しんでいいのだろうか…?」
という罪悪感にも襲われ、楽しむよりも疲れや後悔が押し寄せてきました。
救われた「親を肯定してくれる言葉」
そんな時に出会ったのが、「助産師HISAKOの子育てチャンネル」の動画でした。
不登校の親に対して、ただただ「あなたは頑張ってるよ」「大丈夫だよ」と言ってくれるような温かい言葉に、
思わず涙があふれました。
世間の声の中には、「不登校は親の育て方のせい」
と直接的な言葉はもちろん、暗に感じさせるようなものも少なくありません。
たとえ直接的に言われなくても、どうしても「自分のせいなのかも」と思ってしまう部分がある。
そしてそれは、きっとネコジローも同じだったのだと思います。
はっきりと否定されなくても、「自分はダメなんだ」と自分自身が感じてしまっていたのかもしれない。
そのことに気づいた時、胸が締めつけられました。
誰かに肯定されることが、どれだけ嬉しく、心の支えになるか――
私自身がそれを実感した瞬間でもありました。
日記を書くことで、自分の心と向き合う
9月頃から、毎日少しずつ日記を書くようになりました。
最初は、「何かの記録になれば」くらいの気持ちでしたが、
書いているうちに、頭の中が少しずつ整理されていくのを感じました。
思っていること、感じたことを文章にすることで、
「ああ、私、こんなにしんどかったんだ」と気づいたり、
「でも今日は少し前よりも平気かも」と思えたりもしました。
書くことで、忘れてしまいそうな気持ちや出来事を残せたのも、
今となってはとても良かったなと思います。
時には日記に向き合うのが辛い日もありますが、
振り返ることで少しずつ前に進んでいけるのかもしれない――
そんなふうにも思えるようになりました。
私たち自身も「何かに挑戦してみる」
親が「自分の人生を楽しんでいる姿」を見せることで、
子どもが「自分も楽しんで良いんだ」と思えるようになる、
子どもに良い影響を与えるという話を
「学校にいけない子どもの気持ちがわかる本」から学び、
私たちも「ちょっとやってみようか」と動き出しました。
夫はランニング、私はピアノ。
毎日は無理でも、時間のあるときに少しずつ続けていくと、
体力がついたり、少しずつ曲が弾けるようになったりして、
自分の中に「できるようになった」という感覚が芽生えてきました。
ネコジローは今のところ、私たちのそうした姿に特に関心は示していないと思います。
でも、やっている私たち自身の気持ちが少し前向きになれたし、
「私にもこんなことができるんだ」と思えたことが、何よりのケアだったように思います。
最近ようやく私たちも楽しんでいいんだ、
好きなこと、やりたいことをやっても罪悪感も持たなくていいんだ、
と思えるようになりました。
次回は、ネコジローの高校受験について
次回は、ネコジローの高校受験にまつわる出来事や、そこで感じたことについて綴ってみたいと思います。
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