こんにちは、トリコです。
今回は、夏休みが明けた頃のネコジローと、私たち家族の葛藤について綴ってみたいと思います。
元気がなくなるネコジロー、そして“あるある”の毎日
夏休み明け。
始業式だけは行ったものの、ネコジローは相変わらず学校に行けず…
学校が始まったことで「やるべきことをやっていない」状態として
デジタル制限をまた再開したのですが、どんどん元気がなくなってきているように見えました。
目つきも険しくなり、「明日は行く」と言っては翌朝になって行けずに休む、
という不登校“あるある”のパターンが繰り返される毎日。
それでも私たちはあきらめず、いろんな本や動画を調べました。
その中で、「スマホやゲームの制限は逆効果である」という考え方に出会ったのです。
その中の一つに5年間の不登校を経て不登校を脱出、
現在は不登校コンサルをされているランさんの本があります。
この本に出会い、読み進めていくうちにすごく涙が溢れたのを覚えています。
夜中に何度も起きてくる日々と、深まる迷い
ネコジローは不安定だったのか、「眠れない」と言って夜中に何度も私たちを起こしにきました。
正直、寝不足の中で向き合うのはとても辛かったです。
この頃から、私は自分の無知や、
“そのままのネコジロー”を受け入れきれていなかったことが、彼の自己肯定感を下げていたのかもしれない…“
と感じ始めていました。
「やるべきこと(登校)をしなければ やりたいこと(ゲームやスマホ)はできない」
という前提で制限をかけていたことが、本当に彼のためになっているのか?
「登校」は「やるべきこと」なのか?
無理をしてまで行くものなのか?
「登校」しなければ価値がないという受け取り方が出来るのではないか?
「そのままのネコジローを受け入れるよ」と言いながら、登校していないネコジローを否定している矛盾…。
頭の中はぐるぐる、心はぐらぐら。
でも、ただ寝てばかりの状態より、たとえゲームでも、何かに興味を持って動いてくれるならその方が…
そんな気持ちも芽生えてきたのです。
そして、9月末——ルールなしの再出発
そんな葛藤の中で、私たちは思い切ってデジタル制限を解除することにしました。
ルールはなし。
本人に任せてみよう、という大きな方針転換でした。
その頃の私のメモが出てきたので、少し抜粋します:
- Iメッセージを心がける
- 否定をせず、まず受け止める
- 話したいと思ってもらえる親でいたい
- 本人がダメだと思っているところを、長所として伝える
- 楽しく生きてほしい
- 高校に行かなくてもいいけど、自立はしてほしい
- 親がいなくても生きていける力を
- 自分を大切にしてほしい
- 最悪のケースも想定しておく
- 何かやりたいことを見つけてほしい
- いろんな考え方ができるようになってほしい
子どもとの関わり方、そして私の願いが詰まった言葉たちです。
今振り返っても、ここに書いたことは今の私の気持ちとほとんど変わっていないなあ…と感じます。
否定をせず、ただ受け止める。
簡単そうで、実際するとなると本当に難しい。
つい否定のような言葉や不要なアドバイスを言いたくなってしまう…
今もずっと続いている、私の課題です。
次回予告
次回は、デジタル制限をなくしてからのネコジローの様子や、
家族それぞれの心のケアについて書いてみたいと思います。
どうか引き続き、ゆるゆると見守っていただけたら嬉しいです。
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