痛みを受け継がないために – 母との記憶から次男へ –


こんにちは。トリコです。

私のことを綴るシリーズ、前回は私の中学生時代の五月雨登校と

そこから得た気づきについてお話しました。

今回は「次男と私」に通じる「私と母親」について書いていこうと思います。

最も理解してほしかった人からの「否定」

子どもというのは、誰もが母親に

無条件の愛情と承認

を求めているのではないでしょうか。

私にとっても、それは切実な願いでした。

伯父からのモラハラや、周囲と馴染めない「異質さ」を自分なりに感じていた日々の中で、

最も安心できるはずの母にこそ、私の気持ちを理解し、私自身を大切に守ってほしかった。

しかし、今振り返ると、母の言動の端々に、私を突き放すような、

あるいは世間体を優先するような感覚があったことに気づき、

深い「絶望」を覚えるのです。

母親にこそ、認めてほしかった「私の個性」

私は幼い頃から絵を描くことが大好きで、

特にお姫様などの女の子の絵をよく描いていました。

その絵を母に見せても、褒められることはほとんどなく、

ただ「お人形さんみたいだね」と言われるだけでした。

当時の私には、それが私の情熱や表現そのものを、

まるで価値のないもののように片付けられたように感じられ、深く傷つきました。

中学生になり、漫画家になりたいという夢を母に伝えた時も、

歓迎されることはありませんでした。

「漫画家なんて不安定な仕事だから、やめておきなさい」

「経理事務のような安定した仕事を選びなさい」と、

現実的な道を強く勧められました。

母は、私の希望や情熱よりも、

「普通であること」「安定していること」を優先すべきだと考えていたのでしょう。

親としては、不安定な職に就くことに

(漫画家になれる可能性も低く、なれても食べていけるのはさらに少数だと思うので)

反対するのも当然だったのかもしれないと今は理解もできます。

ですが、当時の私にとっては、私の個性や夢を真っ向から否定されたようで、

「私は大切にされていない」という強いメッセージとして受け取られました。

私より世間体を優先する母への深いショック

今、あの頃の母の言動を振り返ると、母は私自身の心よりも、

「世間体」や「周囲からの評価」を大切にしていたように感じてしまいます。

子どもの頃の私にとって、母親は私を誰よりも肯定し、守ってほしいと願う存在でした。

そして、母に喜んでほしいという思いから自分を抑えたり、

不要な心配をかけまいと心のうちに留めておくことも少なくありませんでした。

それなのに、私自身の痛みや願いよりも、外からの目や社会的な体裁を優先するように見えたことは、

私にとって想像以上に深いショックであり、「絶望」に近い感情を呼び起こしました。

「どうして私の気持ちを、わかってくれようとしないのだろう?」

この疑問は、幼い私の中でずっとくすぶり続けていました。

期待の「諦め」と自己防衛:そして私は私を選んだ

母への期待を諦めたのは、私が中学〜高校生の頃、

ゲームや同人誌活動に深く没頭し始めた頃でした。

現実世界の辛さから目を背け、自分だけの世界に深く入り込むことで、

私はこれ以上心を傷つけないように必死で自己防衛していたのだと思います。

当時の私にとって、それが精神的なバランスを保ち、生き残るための唯一の方法でした。

けれど、その「母への諦め」と「自己防衛」があったからこそ、

私は母の勧める道ではなく、「自分の好き」を貫く道を選ぶことができました。

安定を求める母の意に反して、デザインの専門学校へ進み、ものづくりを仕事にしています。

デザイン学校に行かせてくれたことや産み育ててくれたことについては

母にも父にも感謝していますが、最終的に「私自身の幸せ」のために、

自分の心の声に従って生きることを選んだのは、私自身の意志でした。

母への期待を諦めるようになったことは、私にとって大きな痛みでしたが、同時に、

自分の「好き」を貫くための強さ、そして自分自身の心の声に耳を傾けることの大切さを教えてくれました。

次男への後悔:私の中にあった「負の連鎖」と、今この時からの再出発

そして今、母への思いと深く対峙する中で、

次男もまた、かつての私のように、

母親である私に受容や肯定を求めていたのかもしれないと感じています。

私自身、母から否定されたような経験があったにもかかわらず、そうとは思わずに、

次男に対しても同じように否定する言葉をかけてしまっていたのではないかという、

深い後悔の気持ちがあります。

特に、彼の特性(発達障害)について、当時の私が理解していなかったことで、

言ってはいけない言葉をさらに重ねてしまったのではないか、と思うと胸が締め付けられます。

「将来困ったことにならないように」と、親心から発したはずの言葉が、

彼にとっては「お前はダメだ」「そのままだと生きていけない」という否定のメッセージとなり、

彼の心に深い傷をつけてしまったのかもしれません。

もしかしたら、その言葉の積み重ねが、彼を不登校という状況に追い込んでしまった一因なのではないか……。

母への思いと向き合い、あの頃の私の痛みがどれほどだったかを思い知ったからこそ、この後悔が募ります。

本当は、こんなことになる前に気づきたかった。

なぜもっと早く、彼の心に寄り添うことができなかったのだろう。

ありのままを受け止めてあげられなかったのだろう。

そんな思いが頭をよぎりますが

「気づくのに遅いことはない」そう思って向き合っています。

これからは、過去の私自身の経験、そして母との関係から得た痛みを糧にして、

次男自身をありのままに肯定していきたい。

彼の個性を尊重し、大切にしていけるような母親でありたいと思っています。


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