学校で居場所がなかった私が“救われた瞬間”

学校という場所と、居場所を見つけるまでのこと

こんにちは、トリコです。

今日は、

「学校がしんどかった頃の私自身」

について書いてみようと思います。

人との関わりがうまくいかず、

どんどん学校に行くのが苦痛になっていったあの頃。

でも、そこから抜け出せたきっかけがありました。

今、不登校の息子を見守る私にとっても、

あの経験は確かにつながっています。

私の五月雨登校のことを書いた記事はこちら👆


逃げられなかった場所

学校という場所は、

何かを“みんなで”やることが当たり前の場所。

その中でいつも自分だけが残ってしまう。

それが恥ずかしくて、惨めで、苦しくて……

次第に学校に行けなくなっていきました。

「学校に行きたくない」なんて、親にはとても言えませんでした。

当時の空気の中では、行かないという選択肢など存在しなかったし、

「行きたくない」と言っても、許されないのが目に見えていたからです。

いじめられていたことも、恥ずかしくて言えなかった。

あの頃の私は、そんな自分を守るすべも知らなかったのだと思います。

以前の記事で、ずっと所属していた場所から抜け出し、

五月雨登校を終えられたことを書きました。


それは、ゲームという新しい世界に出会い、その世界の人とつながることで、

今までの「逃げられなかった場所」から少しずつ離れられたからでした。

けれど、そこから抜け出せた理由はもう一つあります。

それは、

“ずっと無理をして付き合っていた人たち”

への感じ方が変わったことでした。

気づきは日常の中にあった

体育や行事のとき、いつも私を外していた子が、都合のいいときだけ声をかけてきたり。

学級でペアを組む時、女子で余った私は、男子で余った子と組むのが定番で、

その男子が休むと、誰も助けてくれなかったり。

昼休みは誘われないのに、職員室やトイレに行くときだけ

「一緒に行こう」と言われたり。

本当はトイレの連れ立ちなんて好きじゃなかったけれど、

その場にいない人の陰口が始まるのが怖くて、ついて行っていました。

でも、ある日ふと、それが本当に馬鹿馬鹿しいことに思えたのです。

図書委員をしていた私は、昼休みに図書室へ行く時間が増えました。

無理をして付き合う時間から離れられるようになり、

本に触れることでいろんな世界があるのを知りました。

少しずつ“自分の居場所”ができていった気がします。

そしてあるとき、一人で職員室に行けないと言ってきた子を見て、

「この人たちは群れていないと何もできないんだ」

と気づいたんです。

その瞬間、ずっと居心地の悪い場所にしがみついていた自分を、

手放すことができたように思います。

きっかけは、本当にふとしたものでした。

いつもと同じ日常の中で、ある瞬間に景色が違って見える。

そんな小さな違和感が、私にとっての“気づき”になりました。

ネコジローは、学校に行っていない分、

そういう気づきのきっかけが少ないのかもしれません。

でも、毎日の中にも確かに何かは積み重なっていて、

いつか彼なりの「気づき」に出会う日がくるのではないかと、

私は思っています。


きっといつか気づく時がくる

あの頃の私は、“人に受け入れられること”だけを生きる理由のように感じていました。

でも今思えば、あの孤独な時間があったからこそ、

「他人に合わせなくても生きていい」

と思えるようになったのだと思います。

ネコジローの不登校を見守る今の私も、

あの時の“自分で気づいた瞬間”を信じて、

彼が自分のペースで気づく日を待てるのかもしれません。


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