こんにちは、トリコです。
前回は夏休み中に行った 通信制高校の見学 について書きました。
今回は少し視点を変えて、次男ネコジローの 不登校の根幹にあるもの、
そして不登校を取り巻く 周囲の環境への私の想い を綴っていきたいと思います。
不登校の原因を探し続けた日々
不登校が始まった当初、私はどうしても「原因」を知りたくて、
ネコジロー本人にもたびたび聞いてしまいました。
今振り返ると、それは子どもを追い詰める行為だったと思います。
もちろん答えは出ませんでしたが、時間をかけて考えていくうちに、
「ひとつの理由ではなく、いろんな要素が絡み合っている」
という結論にたどり着きました。
浮かび上がってきた友人関係の悩み
不登校から1年あまりが過ぎ、少しずつ心を開いて話してくれるようになったネコジロー。
彼の口から最も多く出てきたのは 友人関係の話 でした。
- 自分から友達を作れたのは一度だけ。でもその友人は違う中学へ行ってしまった
- 今付き合いのある友人はすべて、M君という子の紹介で「自分の友人」ではない
- 遊びに誘われても疎外されたり置いていかれることが多い
- M君と2人の時は大丈夫なのに、他の子が加わると一緒になってからかわれる
- 「自分はそう言われても仕方ない存在なんだ」と思い込んでいる
聞いているだけで、私まで胸が苦しくなります。
この、友人関係の悩みが、色々絡み合うネコジローの不登校の原因の中でも、とても大きいものだと感じています。
「大切にされない関係」を手放せないもどかしさ
私は「自分を大切にしてくれない人と無理に付き合う必要はない」と伝えています。
けれどネコジローは、
「大切にしてくれる、そんな人はいない」
「からかわれても友達と呼べるのはその人たちしかいない」
と答えます。
確かに楽しい瞬間もあるのかもしれません。
けれど、先日遊びに行ったときには、不登校を揶揄され、
「悪いこと」をしているのだと責められ、
しまいには「(障害者)手帳を持っているのか」といったような、心ないことを言われたそうです。
(手帳は持っていませんが、ネコジローはADHDやうつ病があり通院しています)
「嫌だった」と話してくれましたが、それでも縁を切るようなことはできない様子…。
親として本当にやるせなく、もどかしく感じますが、良い関係を築けるようになるためには
今のこの痛みや経験がネコジローには必要なのかもしれません。
そして、先回りをして子どもの成長するチャンスを奪ってはいけない、と
もどかしさと苦しさに耐えて「見守る」ことは今の私の課題です。
不登校は「悪いこと」ではない
「不登校は甘え」「親の躾が悪い」といったような言葉を不登校について言及している場でよく見かけます。
不登校の子どもや親が、どれだけの苦しみを抱えながら、それぞれの答えにたどり着いたのか。
そして、無知や想像力の欠如から放たれる軽い言葉が、どれほど人を傷つけるのか。
これはもっと多くの人に知ってもらいたい現実です。
私はネコジローに「そのままのネコジローを受け入れてくれる世界がきっとあるよ」と伝え続けています。
そして「不登校は“悪いこと“ではない」ということも。
けれど、この考えが当事者だけでなく、社会全体に広まっていかなければ、
苦しみ続ける子や親はなくならないのではないかと感じています。
(私自身、心からそんな風に思えるようになるまで時間も知識もたくさん必要でした)
今は目の前の子どもに向き合うけれど
今の私は、何よりも目の前のネコジローと向き合うことで精一杯です。
ですが、ネコジローと向き合うことを最優先にしつつも、
自分の経験を「不登校の当事者ではない人」にも伝えていきたい。
そうすることで、ほんの少しでも偏見や無理解が減り、ネコジローだけではなく、
生きづらさを感じている子どもたちが生きやすい社会になっていくのではと思っています。
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