行けない日々から見つけた、もう一つの世界

こんにちは。トリコです。

今回は、私自身の「五月雨登校の経験」をもう少し深く、お話ししたいと思います。


学校が「行けない場所」になった

これまでの記事で、私が幼少期から受けていた伯父からの理不尽なモラハラや、

自分だけの世界に心の居場所を見つけたというお話をしました。

そして、現在の次男の不登校とも深く繋がる経験があります。

それは、中学一年生の頃に経験した「五月雨登校」です。

今から30年ほど前、私の中学生時代は、

不登校は「よくないこと」「許されないこと」というような意識が

社会全体に強く根付いていました。

 学校を休むことは、まるで罪であるかのように見なされ、

親も教師も、子どもを無理にでも学校へ行かせようとするのが

当たり前の時代だったように思います。

(例外もあったと思いますが)

そんな中で、毎日学校に通っていた私が、

「行きたいのに、行けない」という、思いを抱え学校から足が遠のいていく日々。

自分のことが自分でもどうしようもできない、見えない苦しみでした。

身体が鉛のように重い、教室への道のり:見えないいじめとの闘い

中学に入学し、新しい環境に希望を抱いていた私を襲ったのは、

友人関係の変化と、そこから生まれた「いじめ」のような出来事でした。

小学5年生で転校してきた私には、その土地に全く知り合いがいませんでしたが、

小学6年生の時にようやく、同じ「絵を描く」趣味で繋がれたA子という友達ができました。

中学1年生になり、A子と同じクラスになれた時、すごく嬉しかったのを覚えています。

しかし、喜びも束の間、A子と以前から関わりのあったB子も同じクラスになり、

私たちは3人で行動することが増えたのです。

そうなると、3人の関係性が、いかに難しいか。

私が少し危惧していたことは、すぐに現実となりました。

2人1組になる場面では、必ず私が取り残される。

A子とB子は、日中、私をのけ者にしたり、無視をしたり、

私の意見や存在そのものを否定するような言動を繰り返しました。

楽しかったはずの学校という場所が、私にとって、ひどく息苦しい場所に変わっていきました。

夜になると、明日の学校のことを考えて憂鬱な気持ちになる。

朝、目が覚めても、ひどく気持ちが沈んでいて、布団から出ようという気持ちにならない。

なんとかして休めるような理由を探す。

そんな日が増えていきました。

体調不良はなかったため、私は「お腹が痛い」と偽って休むことにしていました。

しかし、それも頻繁には使えない手で、週に1日か2日休むのがやっとでした。

登校できても、教室に足を踏み入れると、身体が緊張でこわばり、息苦しさを感じる。

会話もほとんどできず、心から笑うこともできませんでした。

学校にいる間中、「早くこの場から逃げ出したい」という強い焦燥感と不安に苛まれていました。

唯一の救いは、A子とは部活動(美術部)が一緒だったことです。

放課後だけは、A子は以前と変わらない態度で接してくれていたので、

部活の時間だけが私の唯一の拠り所でした。

今にして思えば、そんなA子の勝手な振る舞いを許すことはなかったのに、

放課後だけでも以前のように親しくしてもらえるということは、

やはりとても嬉しかったのです。

唯一の拠り所が消えた時:新しい世界の扉が開いた

中学2年生になり、ようやくB子とクラスが離れ、少しは状況が変わるかと思ったのも虚しく、

今度は部活動の時間でまでA子をはじめ、美術部の同級生たちにのけ者にされる日々が始まりました。

私にとって、唯一の救いだった部活動の時間でさえ、辛く苦しい時間になってしまったのです。

頼れる場所がなくなった時、私の心は本当に限界でした。

そんな絶望的な状況で、私の目に飛び込んできたのが「ゲーム」でした。

そして、「絵」で繋がっていた美術部以外の子たちと、

「ゲーム」を通じて新しい繋がりができたのです。

新しい世界は、私を夢中にさせました。

部活で無視されたり陰口を言われたりしていることも

気にならないほどに、私はゲームに没頭し、

ゲームで繋がった友達と遊ぶことに夢中になりました。

自然と、A子と遊ぶこともなくなっていきました。

この時、私は「世界は一つだけじゃない」という気づきを得たのだと思います。

学校という、ただでさえ狭い世界で、たった一つの交友関係だけ。

そこで嫌われたら、もうどこにも居場所がない、

生きていけないと、当時の私は本気で思っていました。

でも、ゲームという新しい世界と出会い、

そこで他の人々と出会えたことは、本当に幸運でした。

この発見が、私を救ってくれたのです。

この頃、さらに私を夢中にさせたのが「同人活動」です。

(ここで書いた同人活動は好きな作品のキャラクターの

絵や漫画を書いて本を作ったりする活動です)

これもまた、私の世界を大きく広げてくれました。

学校の外で、ゲームが好きで、絵を描く趣味を持つ人々と交流を持つことができたのです。

その中には、私よりも年上の人もいました。

彼らはとても優しく接してくれて、私にとっては初めての「理解者」のように感じられ、

嬉しかったのを今でも覚えています。

今までどこにいてもいじめのターゲットになりやすかった私ですが、

この「同人活動」の場は、ただお互い好きなものを共有し合い、他者を貶すことのない世界で、

こんなに優しい世界があるのだと初めて知りました。

閉ざされた世界からの解放:そして次男へ伝えたいこと

そうして、A子や美術部でのことなどどうでもいい、

と思えるようになってからの学校は、嘘のように楽しいものになりました。

いつの間にか、五月雨登校はすっかりなくなり、

私は普通に登校できるようになっていました。

何かに夢中になることができると、

他人からの評価や理不尽な扱いは、本当に気にならなくなるものです。

むしろ、私がA子たちのことを気にしなくなってから、

なぜか向こうから話しかけてくるようなことが増えました。

ですが、その頃には私はもう別の世界に夢中になっていたので、

彼女たちと以前のように遊ぶことはありませんでした。

この五月雨登校の経験、そして新しい世界との出会いは、私に大切な学びを与えてくれました。

理不尽な態度をとる人とは距離を置いていい。

自分を大切にしてくれない人を、無理に大切にする必要はない。

そして、たった一つの場所にこだわりすぎると、心が苦しくなってしまう。

 世界は広くて、私たちの居場所は、決して一つだけではないのです。

不登校の次男を見ていると、当時の私と同じような苦しさを抱えているのではないかと感じます。

だからこそ、私は彼に心から願っています。

彼にも、いろんな場所を見つけてほしい。

いろんな人と出会ってほしい。

そして、彼の心を夢中にさせる、かけがえのない何かを見つけてほしいと。

学校という場が全てではない。

あなたが輝ける場所は、きっと他にもある。

 私自身の経験を通して、このメッセージを次男に伝え続けることが、

私にできることだと信じています。

次回は、今の「次男と私」に通じる「私と母親」のことについて書きたいと思います。


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