#12. 復学させたい一心だった。でも今、子どもの顔をよく見るようになった

「学校は行くもの」という思い込み

前回は、ネコジローの不登校の経緯をざっくりと振り返りました。

今回は、不登校をきっかけに私自身の考えがどう変わっていったかについてお話ししたいと思います。

遡ること昨年の5月。ゴールデンウィーク明けから、ネコジローは完全に登校しなくなりました。

4月中は五月雨登校が続き、「どう接したらいいのか」と悩みながらも、

「まだ行けているから大丈夫」とどこかで思っていました。

でも、完全に不登校の生活が始まって2週間ほど経った頃、

「このままではいけない」と焦りを感じ、本格的にいろいろと調べ始めました。

そこで出会ったのが「復学支援」のサービスでした。

その頃の私は、「学校は行くもの」「学校に戻ることがゴール」だと信じて疑わなかったのです。


30年前の価値観と今の現実

私はもう中学時代から30年近くが経っています(時の流れが怖い…)。

当時の感覚では、学校に行かないこと=悪いこと、逃げ、という意識が強く、

不登校の子も1学年に1人いるかいないかでした。

だから、自分の子どもに対しても、

「学校には行くのが当たり前」「高校くらいは出ていないと困ることになる」

「嫌なことから逃げずに社会に出る準備をしないと」――そんなふうに接していました。

実際、学校は“社会に出るための練習の場”だと思っていたし、子どもたちにもそう話していました。


支援を受けても続かない登校、そして変化した考え方

有料の復学支援相談を受け、数日間は登校できたネコジロー。

でも、その後、やはり足が止まってしまいました。

それと同時に、私は本やブログ、動画などを通じて他の人の経験を知る中で、

「復学だけがゴールではないかもしれない」と少しずつ感じるようになっていきました。

もちろん、今でも「学校に行けるのなら行ったほうがいい」とは思っています。

でもそれ以上に、ネコジローが自分の未来を自分で選んで進んでいくこと

それが何より大切なのだと気づきました。


「当たり前」ができない時がある

「やるべきことをせず、やりたいことだけやって生きていける社会なんてない」

不登校支援機関のその言葉には共感しましたし、

今もそれ自体は間違いではないと思っています。

でも、不登校の子どもたち、とくに不登校初期のネコジローのように、

“やるべきこと”を受け入れられない時期がある。

“やりたいこと”すら出来ない時期がある。

そして、その状態で無理に引っ張ろうとすると、

もっと辛くなってしまうことも知りました。

焦れば焦るほど、うまくいかない。

子どもの状態が今どんな状態なのかを知ることが大切なのだと、

今はそう実感しています。


「復学」はゴールじゃなくなった

不登校が解決する道は、ひとつじゃない。

むしろ無数にある、といってもいいくらい。

いろんな方の経験を読みながら、ネコジローに合う方法、

私たち親子に合う方法を少しずつ模索しています。

この子にとってベストな道を見つけたい。

それは、復学という“かたち”じゃなくてもいい。


いま大切にしていること

今、私たち家族が一番大事にしているのは、

ネコジローの自己肯定感を育てること

ネコジローを受容すること、です。

・小さな成長を見つけて、ちゃんと褒める

・ネコジローの話に耳を傾け、否定せずに受け止める

・でも、必要な場面では「ダメなことはダメ」と伝える

・そして、自分自身も大切にすることを忘れない

簡単なようで、毎日はやっぱり難しいです。

でも、ネコジローが少しでも「自分は大丈夫だ」と思えるように――

そんな思いで日々奮闘しています。


今回は、ネコジローの不登校をきっかけに変わった

「親としての価値観」について書いてみました。

学校に行けることも、行けないことも、どちらも“正しい”とは限らない。

子どもが何を大切にして、どんな未来を描いていくのか。

そこに寄り添える親でいたいと思っています。

これからも、不登校の現状や私が感じたこと、

考えたことを少しずつ綴っていく予定です。

また読みに来ていただけたら嬉しいです。


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