「ふつう」に馴染めなかった私と、次男の不登校が重なるとき

こんにちは。トリコです。

前回は私の幼少期から大人になるまで続いた伯父からのモラハラや、

中学生の時にいじめを受けたことについてお話しました。

今回は、いじめからの五月雨登校経験から得た気づきについて書いていこうと思います。

前回の記事はこちらからご覧ください。

現実世界からの逃避、そして見つけた「居場所」

中学一年生の頃、陰口や無視等のいじめがきっかけで五月雨登校になった私。

学校に行きたいけれど行けない、そんな葛藤を抱えながら、

私は現実の世界から意識的に距離を置くようになりました。

自分の心を必死で守るための、私なりの「心の退避」でした。

そんな辛い日々の中で、私は本の世界に深く没頭し、

絵を描き、ゲームに夢中になりました。

そこは、私にとって、唯一の安心できる「居場所」だったのです。

「暗い」と言われても、私の世界は輝いていた

多くの友達がテレビ番組や流行の芸能人の話題で盛り上がる中、

私はそれらに全く興味が持てませんでした。

世間の流行に疎く、あまり話にも加わらない私は、

時に周囲から「大人しい」「暗い」といったレッテルを貼られることもありました。

学校や親戚の集まり、いろんな場面で居辛さを感じてはいましたが、

私の心の中の世界は決して暗いものではありませんでした。

私にとって、本を読むことは、他の人がテレビを見るのと同じように、心が躍る体験でした。

ページをめくるたびに広がる物語の世界に、私は夢中になりました。

絵を描くことは、私の内なる感情や想像を自由に表現する手段でしたし、

ゲームの世界では、現実では味わえない達成感や冒険がありました。

周囲に理解されなくても、私だけのこの世界は、

誰にも邪魔されない、私にとっての「輝く場所」でした。

そこには、親や親戚の理不尽な言葉も、いじめの辛さも届きませんでした。

この自分だけの時間と空間が、私自身の心を深く癒し、

精神的なバランスを保つための大切な役割を果たしてくれていたのだと思います。

「共有しなくてもいい」という選択が私を守った

当時、親戚や周囲の子どもたちは、

私が一般的な娯楽に興味を持たないことに、不満を持っていました。

「なんで、みんなと同じものを見ないのか」

「これも知らないの?(テレビ番組や芸能人など)」

「家にばかりいないでもっと外に出て遊びなさい」

といった声もありました。

彼らは、私が「みんな」と同じ娯楽や価値観を「共有」することが

「ふつう」の人間関係の証だと考えていたのだと思います。

私は中学生生活が終わる頃には「共有しなくてもいい」という思いを持っていました。

無理に自分を偽って、話が合わない人と表面的な付き合いをすることも

試みたこともありましたが、どうしても話を合わせ続けるためだけの努力はできませんでした。

そしていつしか無理をしてまで「共有する」ことをやめました。

今振り返ると、この「共有しない」という選択こそが、当時の私の心を、

彼らの「常識」や不快な圧力から守るための、重要な自己防衛策だったのだと思います。

私にとってのこの「心の退避」は、自分自身の個性を受け入れ、守るための大切な時間でした。

孤独な時間から生まれた、現在の私と次男への共感、そして後悔

あの時、私が一人で本を読み、絵を描き、ゲームに没頭した時間は、

決して無駄ではなかったと今、心から思います。

むしろ、それが今の私の自己肯定感を築き、

ハンドメイド業という今の私に至る道へと繋がったのだと思います。

そして、今の不登校の次男を見ていると、当時の私の姿が重なって見えるようになりました。

彼もまた、学校に行けないという現実の中で、

自分なりの「居場所」や「心の退避」を見つけようとしているのかもしれません。

世間の目や「こうあるべき」というプレッシャーに苦しみながらも、

自分の心を必死に守ろうとしているのかもしれないと思えてきたのです。

実は、私自身、最初からこのような考えを持っていたわけではありません。

かつて自分も似たような苦しみを経験したはずなのに、

親として彼を「肯定する」ことの重要性に、すぐに気づけたわけではありませんでした。

むしろ、当時の私が受けた否定的な経験が、

知らず知らずのうちに私自身の「良かれと思って」の否定的な言動に繋がり、

それが次男を不登校にしてしまった一因なのではないか、と後悔にも似た気持ちを抱くこともあります。

あの頃の私には、誰も「そのままでいいんだよ」と肯定してくれる人はいませんでした。

だからこそ、今、私は次男に対して

「無理に他人に合わせなくてもいい」「あなたの世界を大切にしていい」と、

心から伝え続けたい。

昔の私が教えてくれたのは、自分自身の心を大切にし、

自分らしい居場所を見つけることの、何よりも大きな価値だったのです。

私の経験から得たことで、次男に伝えられることもあるかもしれない。

そうしたら、苦しかったあの頃のことも少し報われるような気がしています。


次回は私の五月雨登校について、お話ししたいと思います。


よかったら応援クリックしていただけると嬉しいです!

にほんブログ村 子育てブログ 不登校・ひきこもり育児へ
にほんブログ村人気ブログランキング
人気ブログランキング

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA