こんにちは。トリコです。
不登校の息子を見つめながら、自分の学生時代を何度も思い返しています。
あの頃の私と今の息子。似ているようで、違う――。
その違いの中に、不登校の「本当の解決」に近づくための
ヒントが隠れているのかもしれません。
過去の自分と、今の息子を重ねて

不登校という現実に向き合うようになってから、
私は何度も自分の学生時代を思い返すようになりました。
「私もあの頃、つらかったな」
「あの時どうしていたっけ」
——そんなふうに。
息子を理解するヒントを、自分の過去の中にも探そうとして。
昔の記憶を辿ってしまうのです。
私の学生時代も、決して順調ではありませんでした。
先生に否定されたり、友だち関係で苦しんだり。
五月雨登校をしていた時期もあります。
私も彼も、「学校の中で自分を否定された経験がある」
それなのに、今の私たち親子の間にはどこか
“埋めがたい“違い”*があるように感じています。

あの頃の私を支えていた「好き」という力

振り返ると、当時の私は否定されることが多くても、
どこかで立ち上がる力を持っていました。
たぶんそれは、「自分が夢中になれること」があったから。
絵を描くこと、漫画や小説を読むこと。
それは誰にも奪われない、“自分だけの世界”でした。
学校でうまくいかなくても、
「ここに戻れば大丈夫」と思える場所があった。
その感覚が、私の心の芯を守ってくれていたのだと思います。
息子の中で、まだ見つけられない「支え」

一方で、息子を見ていると、
そこにぽっかりとした空白を感じることがあります。
学校に行けない自分を責めてしまい、
「自分の中に安心していられる場所」が、
まだ見つけられていないように見えるのです。
私のように「好きなことにエネルギーを向ける」という形が、
今の彼にはまだ難しいのかもしれません。
その代わりに、ゲームに没頭したり、苛立ちをぶつけたり。
それもまた、心が助けを求めているサインなのだと思います。
「学校に行けなくても、あなたの価値は変わらない」
そのことをどう伝えていくか。どうしたら伝わるのか。
そして、彼自身が心からそう感じられる“逃げ場”を見つけられるまで、
私はそばにいようと思っています。
過去から受け取ったヒント

自分の経験を振り返るうちに、ひとつの答えが見えてきました。
それは、
「外からの評価に左右されず、自分の中に価値を見つける力」
それこそが、生きる土台になるということ。
私はたまたま、それを“好きなこと”で手に入れられた。
でも息子は、その途中にいるだけ。
今、専門家の力も借りながら、
彼が“自分で立ち上がる力”を育てていけるよう、
少しずつ関わり方を探っています。
私にとっての「不登校の解決」とは、登校するかどうかではなく、
息子が自分で立ち上がり、進んでいく力を持つこと。
そして、その一歩を信じて見守ることだと感じています。
おわりに
親子で同じ「否定の痛み」を経験しても、
感じ方も回復の仕方も違う。
だからこそ、過去を思い出しながら
「違い」に気づくことは、
親として大きなヒントになるのかもしれません。
息子のペースで、ゆっくりと。
今日もまた、少しだけ前に進めたら、それでいいと思っています。
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