朝から腹痛を訴え、午後になると元気に遊んでいる子どもの姿。
そんな姿にちょっとした憤りを感じてしまっていたあの頃。
不登校が本格化する前のあの時。
もしあの時、気づけていたら。
もし別の声のかけ方ができていたら。
そんな後悔と、今だからこそ言えることを静かにまとめました。

息子が不登校になる前、ほんの小さな“違和感”がいくつもありました。
それまで休みたいと言ったことは、ほとんどなかった。
でも頻繁にお腹が痛い、休みたい、と言うようになった。
好きだったお絵描きも工作もしなくなり…。
でも、どれも「中学生ってこういうもの」と、思っていました。
「ちゃんとしなきゃ」
「遅れるよ、早くして」
「みんなだって(嫌なことでも)頑張ってる」
そんな言葉で「ふつう」を押し付けるだけで。
彼の言葉の意味を考えられていなかった。
だけど今思えば――
その声は、息子の心には“追い打ち”にしか聞こえていなかったのだと思います。
本当は、しんどさを伝えていたのに。
本当は、「もう限界」というサインだったのに。
気づけなかった自分を責めても仕方ないと分かってはいるのに、
それでも時々思うんです。
もしあの時、
“学校に行かせること”より
“この子が安心して呼吸できること”を大事にできていたら…
もっとちゃんと“耳を傾ける“ことができていたら…
今は違う場所にいたのかな、と。
でも、後悔の中にひとつだけ救いもあります。
それは、
「あの時は気づけなかったことに、気づけるようになった」
ということ。
遅かったかもしれない。
でも、“今からでも間に合う”と信じています。
子どものSOSは、いつも分かりやすい形では現れません。
むしろ、静かで、淡くて、見落としやすくて…。
だからこそ、誰が悪いわけでもない。
「自分も同じだ」と思った方がいたら、どうか責めないでください。
気づけなかった過去より、今日からできる小さな一歩を大切にしてほしい。
私も、息子と一緒にその一歩を歩いている途中です。

子どもの“SOS”は、見えにくいことがほとんどです。
でも、気づいた瞬間から、関わり方は必ず変わっていきます。
今日はその気づきまでのお話でした。
あなたの心にも、そっと寄り添えますように。
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