こんにちは。トリコです。
日々の中で、息子の寡黙さと向き合いながら、
自分の心の揺れにも気づく時間が増えてきました。
今回は、
「返事を期待しない」
という新しいコミュニケーションの形にたどり着くまでの気づきと、
そこから見えた“親としての心の守り方”について綴ります。
続く寡黙期と、親の心の疲弊

息子が不登校になってからというもの、
彼とのコミュニケーションはいつも慎重さを求められます。
とくに今は、必要な問いかけにも曖昧な返事しかしない「寡黙期」の真っ最中。
不登校になってからの一年半、
たびたび訪れるこの寡黙期は何度経験しても心がざわつきます。
こちらが何度も聞き返し、
表情や声色から察しようとするたび、心のどこかで
「なぜ私ばかりが気を遣わなきゃいけないんだろう…」
そんな思いがよぎってしまう日もあります。
そして何より苦しいのは、
この状況の中で“何事もない、ふつうの親”を演じ続けることでした。
「ふつう」を演じることが、いちばん消耗する
私は
「突き放すわけでも、媚びるわけでもない、通常通りの対応」
が最善だと思い実行してきました。
でも、内心で疲労や苛立ちを抱えながら平静を装う――
その“普通の演技”こそが、実は最も消耗していたのだと気づきました。
息子は今、「話すのが怖い」という強い防御体制にいる。
そんな彼に対して、感情を押し殺しながらコミュニケーションを期待し続けることは、
私自身の心が削られる道でもありました。

「通販の注意書き」のように、淡々と伝える方法へ
そこで私は、コミュニケーションスタイルを完全に切り替えることにしました。
それは、
「返事を期待しないで必要な連絡だけを淡々と伝える」
という割り切り。
- まるで通販サイトの注意書きのように、
“必要事項を確かに伝えた”という線引きだけを残す。 - 反応を深掘りしない。
こちらの言葉が届いたかどうかを確認しない。 - とにかく、淡々と通知するだけ。
このシンプルさが、今、私の心を守ってくれています。
「演技」を手放すと、少しだけ心に余白ができた
割り切りを実践してみると、心が少しだけ軽くなりました。
「会話をしなければ」
「ふつうを演じなければ」
そんな二重のプレッシャーから、そっと解放されたからです。
彼を諦めたわけじゃありません。
むしろ、自分の心が安定していることで、息子に
「どんなあなたも受け入れるよ。そばにいるよ。」
という想いを届けられるのではないか、そう思えたのです。
親の心を守る「新しいふつう」

曖昧な返事に振り回されたり、感情を押し殺して
“ふつうの親”
を無理に演じ続けたりする必要はない。
必要なことは毅然と伝え、あとは静かに見守る。
これが、今の私にとっての“新しいふつう”です。
親の心が落ち着くことは、
結果的に子どもにとっても安心できる環境につながるはず…
そんなふうに、自分自身を守るコミュニケーションを続けていけたらと思っています。
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