サインはいつも言葉の外にある
息子が不登校になってからというもの、
私はたびたび自分の学生時代へと意識が戻っていきます。
あのとき感じていた痛みと、
今の息子が見せる“静かな反応”が
どこかで繋がっているように思えるからです。
見えにくいSOSを、どう受け止めればいいのか——
そんな問いを抱えながら綴った記録です。
過去の痛みと、今の息子の姿

不登校の息子を見ていると、
私はどうしても中学時代の記憶を思い出してしまいます。
いじめに遭い、五月雨登校を続けていたあの頃。
担任は“熱血教師”として有名で、
クラス内にとどまらず、全校でのいじめの集会を開くほど本気でした。
でも、彼の目に映っていたのは「分かりやすく助けを求めてくる子」だけ。
静かに目立たずに存在していた私には、最後まで気づきませんでした。
たびたび休むこと、2人1組になる時や班決めの時に必ず余ってしまうこと——
そのどれもが見逃されていきました。
そして私は、
「大人は、見えるものだけしか見ていない」
そんな不信感を胸に残しました。
「助けを求める難しさ」という共通の痛み

あの先生の熱意は本当だったとは思います。
それでも、助けが必要な子ほど声を失っていくという現実には届かなかったのだと思います。
いじめられている子が声を上げられない理由は、たくさんあります。
報復への恐怖。
弱さを見せたくない気持ち。
「言っても無駄」という諦め。
私自身もそうでした。
本当は気づいてほしかったのに、声は出ませんでした。
大人が「助ける側の熱意」に寄りかかりすぎると、
“声を出せる一部の子だけしか救われない”
ということになってしまいます。
そして、それさえも
本当の意味で助けられることは少なかったのではと感じています。
息子の「話すのが怖い」というサイン

その光景は、今の息子にも重なって見えます。
最近、ゲームのサブスク契約について少し口をはさんだときのこと。
息子は会話を遮るように完全に無視し、自室に閉じこもってしまいました。
後で祖母には
「怒ってるんじゃない。話すのが怖いだけ」
と漏らしていたそうです。
その言葉を聞いたとき、胸の奥がズキッとしました。
あのころの私が抱えていた
「どうせ否定される」
「弱さを見せれば傷つく」
という感覚が、息子の中にも息づいている気がしたからです。
息子にとって私は、
“言っても届かない人”
になっているのかもしれません。
過去の経験から学ぶ、親の役割
では、どうすれば子どもは「助けて」と言えるのでしょうか。
話をしてくれるようになるのでしょうか。
それは、あの先生が気づけなかった
“本質”を見つめることから始まると思っています。
サインはいつも、言葉の外にある。
- 完全に受容すること
視線を合わせない、ボソボソ話す、黙って距離を取る——
それらを「今の彼にできる最大限のSOS」と受け止め、
無理に引き出そうとしない。 - 非難しない関わり方を続けること
存在そのものは無条件に大切だ
というメッセージを態度で示す。
あの熱血教師が見逃した「見えにくい被害者」を
私はもう見逃したくありません。
安心できる「安全な領域」をつくる

子どもが弱さを見せられるのは、
安心できる場所があるときだけ。
だからこそ家庭の中に、
「ここなら否定されない」
という空気を育て続ける必要があるのだと思います。
過去の痛みと向き合うことはつらいけれど、
その痛みを息子の理解へつなげることで、
ようやく過去の私にも、今の息子にも同じ光を届けられる——
そう信じています。

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